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2011年6月

町人復帰情報!!

みなさん、ご心配をおかけしました!
葛原、6月5日から町人に復帰します。
6月は基本日・月・火曜日入ってます。

またおいしいお酒と
おおかた覚えた? お食事メニューでお出迎えします。
葛原セレクションのミュージックをかけながら
時を忘れて、くつろいでください。

http://izakayatyounin.okitsune.com/

町人までの地図はこちら↑

 りょう拝

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訃報 清水昶

朝、福島泰樹先生から留守電で一報をうけた。俺はそれを午後に聞いた。

「清水昶がなくなった。これから行くので今日は無しです。」頭がまっしろになった。故人を思うよりも俺の口惜しさ、絶望が波を打った。これで俺の詩人と認める人物が日本ではいなくなったのだ。だれ一人として。福島先生とはここ数日、病み上がりのリハビリのため、書生の仕事をしていた。昨日ははじめてボクシングジムに通った。

 きみは知っているか

 退却の道を探して

 ときには

 涙を忘れ年齢を忘れ

 ボクサーのように後退したり

 後退しながらジャブを繰り出し

 棄て身の一撃を考えていることを──

 清水さん、俺のことを覚えていますか? 清水さんは覚えておられないでしょう。歌人松岡達宜さんの歌集出版記念会のおり、あなたはやはりいつものように背中を丸め、一人盃ばかり相手に泥酔しておられたものですから、俺は隣に座りました。一緒に日本酒を傾けました。そしてよろよろ潰れてしまったあなたを、タクシーに助手の方と一緒に押し込み、銀座から吉祥寺のお宅まで共にしたことを。あなたは、タクシーの中では酔いながらも明晰でおられ、俺が共同体「新しき村」の出身であったこと、農業と文学に一途であったことを、あなたは目を細めて頷きながら聞いてくださり、「そうでしたか、あなたは珍しいですね、新しき村、知ってますよ、そう、農業しながら詩をね」そう呟きながらふいに固い握手を交わしたこと。(このたった一度の握手は、同じくその日に短歌評論で崇敬の人、菱川
善夫氏とも交わしたのです、たった一度の握手が二度の別れとなってしまったのですね)清水さんは最後に、「ここでよいです」と仰られ、自宅前には行かず、近くの通りから確かな足取りでゆっくり歩いて姿を消されたことを。俺は、「また会いましょう!」と手をふって、手をふりながら、分かれた雨の夜の道を、うつくしく、あれは、美しかったですよ。そのあと、ちょっと、俺にとっては痛恨なことがありましてね、タクシー運賃2万円だか、つまり、俺の用意していた全財産すっかり引き受けるはめになっちまったんですよ。それも良い思い出となってしまったのですね。

 あなたの存在は、俺のように酒を愛し、ニンゲンが駄目で、今やさっぱりウケないロマンチストで、あなたが太宰治や、三島由紀夫や、村上一郎の自死について深い哀惜を籠め筆を執ったものを、俺はなによりも愛してやまなかったのです。とくに日本刀で自決した村上一郎のあなたの文章は、俺の生涯のくらやみに一閃ひらめいた妖しげな生の執着に苦しんでいたころの何よりの拠り所として、俺は俺の存在を証ししてくださり、彼らの道がまだ選択の許容範囲であったころの道しるべとして、俺は安らぎに満ちました。ええ、あなたの文章でたしかに、安らいだのです。

 清水さん、俺が短歌で月光の会に引き合わせてくだすったのも、じつはあなたの存在が大きかったのですよ。きらびやかなる文藝「月光」ではいつもあなたの詩が掲載されており、福島先生と飲むとき、ふいに「清水昶を知ってるか?」「ええ、清水昶さんとは会いたい唯一の人です」「そうか」こういうやり取りが月光の宴であったのです。

 清水さん、あなたの死は、世を生きながらえながらも死者の無念、生者の懊悩を清らかに、ただ清らかにのみ徹して謳いあげました。死者の謳歌、生者の謳歌でありました。銀のように鳴り、野の舟に浮かび、世界中のゆうぐれを肴にして飲み、荒涼として深夜を目覚めているあなたの視線はかげろうのように終始ゆらめきながら、何かを凝視していたのでしょう。死の向こう側にあるものか、生の彼処にあるものか、ついに分かり得ようも無い何かを。

 清水昶さん、あなたが亡くなってしまって、希望の僅かが次々に目の前で摘まれてしまって、俺は、さびしい。あなたにだけ分かる俺の暗号を、渾身の一撃を、ひと目でよい、読んでもらいたかった。タクシーの中、握り締めてついに隠してしまった詩の数々を。俺はあなた以外、ほんとうの詩人がもう日本にはいないような気がします。逢いたい詩人は、もう一人もいません。どうすれば良いでしょうか。あなたは、夜明けに、アフリカの真っ青な地図を染めたシャツで旅立つ青年のように、旅立ってしまった! それはもう振り向くことの無い、完璧な出で立ちで、あなたは永遠に去ってしまわれた。

 いつか、完璧に他人に紛れるように、ふいにあなたが現れたら、今度はけっしてあなたを離しません。もう一度、全財産をはたいても、あなたと一緒に、どこまでもどこまでも、詩や俳句の話を続けてゆきたいです。清水昶さん、酔いどれの、含羞の、日本刀のような視線をときに閃かせながら、蓬髪と起っている銀の詩人。俺のたった一人の、永遠の詩人。浪漫の血の、最後の詩人。

                         2011年6月1日記

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ムジカマジカ八 御礼

3wdts

2011052602390000

さきの5月25日の
ムジカマジカ八 結成二周年のライヴに
多くのみんなが駆けつけてくださった。
満席で、きゅうくつな思いをさせてしまっただろうけど、
ほんとうに、ありがとう。ほんとうに。。。

一部の一曲目から、はやくも体力消耗はげしかった。
なにしろ、重さ赤ん坊ほどの鉄の鎖を身に絡めながらの
絶唱なのだからね。。

一部は、知る人は知っているキングクリムゾンの名曲を
かなりアレンジして、先月亡くなった清水昶さんやナナオサカキさん、
ブコウスキーを援用して、自分の詩と融合させての絶唱でした。

二部は
イメチェン(笑)して真っ白ないでたち。
ピアノ・ヴァイオリン…メンバーはみな真っ白なのだ。
みんな好きな色で俺たちを染め上げてくれ!

何色でもないムジマジの様々なアクションを
懐かしい曲や、いつものあしたのジョーノートで
楽しんでくれたと思う。

アンコールの拍手。万雷の思いである。

気がつけば10時を越していた。

サポーターのまぁびぃさんごめんなさい。
彼は、毎日ステージを踏んでいる。
大阪ツアーで25日の深夜便でさよならをした。

ほか、
SEを作ってくださったSさん!
会場案内や、物販を手伝ってくれたK・Yさん!
プロデューサー、そしてフライヤーを作っていただいたKさん!

それに曼荼羅のスタッフさん、ありがとう。

しばらく充電しますが、またライヴがありましたら
おしらせさせてください。

 葛原りょう(高坂明良)拝

PS・写真は私のしかなく、全員で撮れたものがありましたらぜひ、
   お送りいただければうれしいです。けしてナルシストではありませ    ん。じゃっかんはナルですが。。。

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