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2008年11月

近況

12月6日ワンマンライヴに向けて

昨日、やっとピアノとパンフルート奏者と顔合わせが済んだ。

午前中は九条の会・詩人の輪結成四周年記念会に

朗読者として参加。ショパンの革命に合わせて

反戦短歌を熱唱。詩も一篇朗読した。

ここのところ、就職なども重なり、疲労がやたらに激しい。

昨夜の顔合わせも、ちょっと立っていられないほど疲れていた。

パンフルートとピアノのセッションは

有りだと私は勝手に思っていたけど

いざ合わせてみるとやっぱり難しい。

できあがった曲にパンフルートがどう入ってくるのかが

困難そうであった。

でも、舞踏を合わせて四人で演じる場にはしたいと思う。

ちなみにパンフルートのパンは

牧羊神のパンのこと

アニメーション映画「火垂るの墓」でも流れていた

とても美しく澄み切った音色。

はじめて聴いたときから

ぜひ一度は合わせてみたかった。

三年越しの思いが

来月6日には実現する。

就職したらしばらくはライヴできないだろうし、

ここ数年の思いを込めて

お客さんの満足してくれるステージを作らねば!

当日ライヴではこの詩からスタートします。

パンフルートと一緒に…。

 永遠のカノン

ぼくは問いただす

明日の意味を

天(そら)はぼくらを忘れやすいから

夢は 現実の鏡だった

だから天へと、ぼくの問いは音符になる

ピアニシシモも慟哭になる

すべての人が迷うこの世界の

生きている震えを 伝えなければ──

そう願う夜に

ぼくは 思わず息を呑み込む

病むためだけの現実だから

歌い続けなければならない

ぼくのタクトが効かなくとも

涙の日を 人よ 忘れるな

そしてとわの追複よ

たおれながらも 這ってゆけ

この溢れる哀しみの

確かな奏者の現れるまで

生きる震えを、奏でてゆけ──

そこから聴き知れぬ音楽(おと)が生まれ

  それから見知らぬ出逢いが生まれ

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短歌朗読について

さきにこのブログにおいて、

私の発言に触れられた発言があったので、

それに僅かなりとも応える形で

所感を述べようと思う。

ごく簡略ではあるけど。

短歌の世界は

万葉集からその一律化した

(五・七・五・七・七)時点から

大いに歌の韻律が変貌を遂げた。

これは聖徳太子による

大陸文化の影響であり、その韻律は

古今、新古今和歌集において

頂点をみることになる。

それと同時に、

古事記では

多くはおおきみ(天皇)自身が

詠っていたのに対し

古今集時代においては

宮中、宮中に属する宮仕えの

立場の人たちが詠うことになる。

内容は

哀調の、ものがなし、が基本である。

これをどう歌人自身が

声に詠みあげるかが、

私の注目するところだけど、

そこに個性を、個人の言葉を

聞き取ることができないのは

宮中歌会始めによる

テレビを今現在観ても

変わりがないのが現状である。

これは、声の記録はないにしろ

一千数百年変わりはないと思う。

この一律化した韻律と

一律化した詠み上げに

私は大いに苦しみ理解ができなかった。

私自身、

五・七・五・七・七は好きである。

未だに破調よりも正調を好む。

しかし、私は短歌の宮仕えから脱却しない、

この現代にあっても同じ調子を崩さない

朗読のし方には同意しかねない。

あっても良いが、

それはごく一部だと思い

飲み込むしかできない。

しかし、

私は身内を戦争によって失くし、

戦後、国の医療ミスによって

ただ一人の親友も失くした。

戦争では

真珠湾攻撃に参加した大伯父が

珊瑚海海戦によって

空母レキシントンに特攻した。

いうなれば神風特攻一号にも等しい。

その弟はピアニストであり、

嫌々ながら招聘され、

台湾で餓死とんも病死とも知れず

雑巾のように絞られ死んだ。

二人の兄弟の葉書、辞世の作品がある。

友人は

大量の投薬により

ショックで死んだ。

その死んだ友人の口癖は

「俺は日本に殺される!」

だった。

当時の私はその言葉を真に受けず、

杞憂すぎるとかえってたしなめた。

今は痛恨の思いばかりが

私をひりひりと苦しめている。

夢からいつまでも覚めないような

感覚で現在を私は生きている。

これを天皇のせいにもできないし、

だれのせいでもないのだが、

宮中に隷属した詠み上げには

かなりのアレルギーがある。

だれか個人ではないのである。

それに、私が触れた前の記事でも

そういった朗誦に対し

個人で云々ではまったくなく、

内容が戦争によって喪った

戦友への哀歌であろうと、、

では、なぜ自分の肉声で、

自分のリズムを模索せずに、

との思いがあったが、

その模索をした結果であれば、

なおさら、

アレルギーを止めることはできない。

かなしいものはかなしい。

ただあの、ますらおの~~~

だとかいう伸ばし方で、

死んでいったのか、

みんな

お母さん!

死にたくありません!

だったのではなかったろうか。

少なくとも私の身辺はそうだった。

古事記ではすばらしい歌が多い。

この神酒(みき)を

ささ、飲んでくれ という

長歌もある。

いまに夫のあるお前を奪うぞ、

といった凄みのある歌もある。

古事記の六割以上が破調である。

この例を見ても

いかに万葉集以降が

全哀調、全韻律一律化したことに

違和感を持つのは当然のことだろう。

繰り返し言うが、

もはや個人の行為云々ではないのである。

さいきん

某商業歌誌などでも(今は廃刊か?)

CD付で短歌朗読が収められていたが、

それは宮中以下の

工夫のない朗読、

単なる読み上げ、

でしかなかった印象がある。

朗読は、

いま厳しく問われていると思う。

私自身、

ある詩人からも厳しく

君の内容は良いが

その絶叫はよくないと言われた。

しかし、私は私自身の朗読を

模索中である。

生涯模索であることだろうけれど、

これは続けてゆくしかない。

医療ミスによって失くした友人や、

戦争で失くした身内の声が

聴こえてくる。

それを、自身の

言葉と重ねて、

絶叫に近いスタイルが生まれた。

これは個人名をあげるが、

三年前、歌人福島泰樹先生に出会う前から

六年以上前から

すでに俳句によっても朗読している。

周りを省みる時間が余りにも乏しいが、

言い訳にはならない。

私の言葉が不快に感じられた方にも、

それは申し訳なかったと言うほかは無い。

居直りではなく、

心底、申し訳ないと思う。

短いが、

これを所感とする。

様々な朗読の仕方があって、

様々な魂の交流を

私は願い築いてゆきたいと思う。

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葛原りょう絶唱ライヴ情報

 葛原りょう(高坂明良)朗読ライヴ情報

みなさまお元気でいらっしゃいますか。

季節はもう冬の到来を告げ、めっきり寒くなって参りました。

来たる12月6日(土)午後6時半から、

「銀座モリギャラリー」主催西武新宿線中井駅より徒歩五分の

「PAPAGENO」にて新作の詩と短歌を交え、

今年最後の朗読ワンマンライヴを行うことになりました。 

つきましては、師走のなかご多忙かと思いますが、

ぜひみなさまのご来場を御願いしたくDMを発送させていただきます。  

共演者にはピアノ川瀬由紀子・パンフルート江藤善章・舞踏畠中裕美が出演します。

夢のようなコラボになります。ぜひおいで下さい。 

℡ 03-3357-0828へ。

料理飲み物つきますので予約御願いします。

なお、活動情報などはブログ、mixiなどで随時流しております。

mixiではK・RYOで検索してみてください。

ブログはグーグルで検索可能です。グーグルで葛原りょうと検索してみてください。

http://ryo-kuzuhara.cocolog-nifty.com/blog/

また、ユーチューブにおいて自作の朗読が少しだけ聴けます。

こちらも検索いただければと思います。

他の朗読会情報↓  

翌7日(日)13時30分新宿ロフトプラスワンにて(℡03-3205-6864)

月乃光司主催「こわれものの祭典」で朗読参加します。

来年1月は10日(土)に歌人辰巳泰子と「吉祥寺曼荼羅」にて

19時30分より福島泰樹短歌絶叫コンサートの一部で敢行いたします。

お問い合わせは、

ryo_kuzuhara■yahoo.co.jpまでお願いします。

(■を@に変えてください)

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近況

先日、東京ポエトリーフィスティバルで
出演したらば、
なんと、ノルウェイ大使館から
詩の朗読会の招待状が届いていたwww

谷川俊太郎も出ていたのだけど
めんどいこと苦手な俺は、
返事を出さず、蹴飛ばしてしまった。

あとから福島泰樹さんから、
「おまえは売り出し中なんだから
 ぜたいそういうお誘いは受けるべきだ。
 もったいないことしたなあ高坂は」
と昨日の夜、酒飲みながら言われた。

たしかに大使館に行くチャンスも
詩人谷川俊太郎に会う機会も逸した。

けれど、自己宣伝のやるせなさは、
もう痛いほど経験している。
俺は無名でも、大衆が、俺を知っている。

けど、やっぱり惜しいことしたのだろうなあ。
めったにそんなお誘いないし、
出席者はみんな著名な作家ばかりだからね。
世渡りべただと叱られた。

へたくそな世渡りはいつもどおり。
しかし、朗読を続けてきて、
地道に自分の足場を固めるしかない。

12月6日(土)六時半からワンマンライヴします。
銀座モリギャラリー主催の
今年最後の大きな朗読会。
50人は集める予定。
場所は西部新宿線中井駅から徒歩五分。
ピアノ川瀬由紀子
パンフルート江藤善章
舞踏畠中裕美

なかなかに最強メンバーだ。

軽食、飲み放題つきで
3500円。
会場は「PAPAGENO」
℡03-3950ー7035
ぜひおいであれ。
魂の一夜の饗宴。
新作詩短歌の絶唱でやります。

翌日は月乃光司主催の
こわれ者の祭典に出演決定。
これもずいぶん楽しみである。

さて、ここらで有終の美を飾ろうか。

みんなぜひ来てください。
メッセージで詳細お伝えします。

よろしくお願いしまあす♪

K拝

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詩(新作2篇)

曼珠沙華とコスモスと獣



花が咲いた
  それから枯れた
いちめんの曼珠沙華は
  いっぽんの針になって
   言葉をそっくり失っている

風が運んだ凍てる月
  わたしの涙の通り道
頬に深い獣道がある
  さびしい口の崖まで届く
そこからダイヴして
  涙は今日の歌になる

花が咲いた
  それから揺れた
コスモスのそよぎに負けた日に
  人間はコスモスほどにも強くない

戦場のホリデー
  そんなものはありやしない
人が人を撃つように
  言葉が月の穴開ける

 ひとつのクレーターに
 一人分の涙が溜まる
 重力がそれを留めている
 揮発させないような暗がりを作り

ああ
 見知らぬ花がまた咲いた
 獣道はあたらしく
 見知らぬ獣がまた歩き




 ひとに


その黒髪に
  恋をしていたのか
いいや一人の人間を
  そっくりそのまま愛をした

愛する と豪語した太陽を抱いて
  ぼくは雨の中を突っ立っている

傘はやぶれた
  突風が自傷を止めないから
 だがその黒髪は
 濡らしてはいけない
それだけはいけない

俯いて欝になるなら
  見上げて空の躁になれ

影を吹き飛ばす煙を吐いて
  今日の煙草はことさら苦い

水割りをする
  愛が日照りに乾かぬように

飲んでいる
  抱いた太陽に焼かれながら

ぼくは今日も、

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近況つれづれ

先週土曜日は詩と詩と創造セミナーで

ピアソラ、シャブリエで朗読しました。

詩人は駄目だ。短歌や俳句と違って身内だけの慰め会で、

個人主催で若者が俺ひとりでそれは虚しい。

その後拝句ライヴで飛び入りしたwww

6年ぶりでこれまたピアソラで

あまり知らされてないタンゴで絶唱した。

拝句ライヴは新宿サムライでやりました。

原点を思い出した。

喝采受けて楽しかった。

出会い、再会もあり、ただひたすら懐かしかった。


月曜日は東京ポエトリーフィステバルで短歌デビューしましたwww

やっとここまでこぎつけた。

思えば長い遠回りだ。

酒屋の仕事もはじめてくたくた。

ビール瓶1ケースが重かった。

なんとか、無事生きている。

中原中也の死んだ年になってしまたがここからが勝負。

まだまだ詩を書いてゆこう。

というかここらで総合文芸誌をたちあげる。

来年春ごろで誌名は「ムジカ」。

熱烈な参加をお待ちしています。

充電期間は過ぎた。

詩や短歌、俳句、小説、絵画、写真を載せます!

参加者はメッセ下さい。

一日の東京ポエトリーフェスティバルも終わた。。。

詩人の朗読つまらなかった。

だれかが宮中歌会の朗誦をやっていた。

めげた。

疲労困憊なので、夕方早々に帰宅。

わたしの朗読、うまくいきましたよ。

でも、

せっかく用意していたCDが

スタッフの不手際で起動しなかった。

だから声のみで短歌絶唱。

事前の連絡なしでいきなり

トップバッターだったし。

福島先生には褒められた。

音楽をつける必然性が高坂の歌にはない。

あれでよかったのだと。

けっきょく身内の、閉鎖的な朗読祭であった。

名刺、用意したけど一枚も渡すに足りる人がいなかった。

高橋睦郎には福島先生の真似はやめろと言われた。

短歌は良い内容だ。とも。

でもパフォーマーとしてはみんな如何なものだろう。

けれど、そんな本音を言ったらば、

歌人の辰巳泰子さんから怒られた。

表現者として、事前に確認すべきこと。

これはお客を呼び来てもらう側として

当然のこと。

お前は自分しか見ていない。

たしかに自分しか見えない。

寿命をとりあえず延ばしとこうと思った。

ヘッセや武者小路のように

生きて書いてやる。

K拝

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